2008年11月08日
けんちゃん、お母ちゃんやで!
けんちゃんとは、友人のだんな様。なんだかとってものんびりのんびりしていて、のほほ〜んって感じのお方。そんなけんちゃんに電話がかかってきた。
「けんちゃん、お母ちゃんやで!」
けんちゃんのお母さんは関西と言えば関西弁なんだけど、福井県の出身で、イントネーションがちょっと違うらしい。(福井って関西弁だって知らなかった。)
「えーっと、僕の知ってるお母さんの声とはちょっと違うようなんですけど。」
「なんや!わからんのかいな!!わからんのやったら、もうええわ!」
ガシャ!!
振り込め詐欺?
逆バージョン???
でもやっぱりちょっぴり心配だったけんちゃんはすぐに折り返しお母さんに電話したそうですが、そんな電話には覚えがないそうで。
やっぱり振り込め詐欺?っぽい。
それにしても「けんちゃん」だとか、お母さんが関西弁だとか、よく研究している。凄いね。
「けんちゃん、お母ちゃんやで!」
けんちゃんのお母さんは関西と言えば関西弁なんだけど、福井県の出身で、イントネーションがちょっと違うらしい。(福井って関西弁だって知らなかった。)
「えーっと、僕の知ってるお母さんの声とはちょっと違うようなんですけど。」
「なんや!わからんのかいな!!わからんのやったら、もうええわ!」
ガシャ!!
振り込め詐欺?
逆バージョン???
でもやっぱりちょっぴり心配だったけんちゃんはすぐに折り返しお母さんに電話したそうですが、そんな電話には覚えがないそうで。
やっぱり振り込め詐欺?っぽい。
それにしても「けんちゃん」だとか、お母さんが関西弁だとか、よく研究している。凄いね。
2008年10月26日
goo 過去天気
goo 過去天気 ってのがあって、「あなたが生まれた日の天気・気温は? 過去46年分の天気&気温が閲覧可能に」ってんで、調べてみた。
最高気温は9.5℃、最低気温が0℃。
朝から晩まで、お日さまマークでした♪
その数日前には雪も降ってたし、前後の日には気温は氷点下まで下がっていた。東京だよ。
私は、曾祖母が亡くなったその日に生まれたのです。
生まれた病院が父の実家の正面にあったので、たくさんの人がお通夜とかお葬式帰りに私の顔を見に寄ったらしい。あまりにも見舞い客が多いのを不審に思った母は、後日曾祖母が亡くなったことを聞かされたのだそうな。
曾祖母は、両親が結婚した頃には既にボケていて、初めて会った日から最期まで、いつでも「初めまして。」とご挨拶されたのですって。父も、離れて暮らすようになって以降、徒歩10分くらいの距離だったらしいけど、徐々に忘れられ、最期の方は「初めまして。」と挨拶されるようになったとか。確か、98歳くらいだったと思う。老衰の大往生。
で、「そういう日に生まれた子は長生きする。」と占い師に言われたと母は喜んでいたけど、私としては98歳になってボケてたら、生きているのを嬉しく感じるのかしらー?とちょっと疑問に思ったり、そんなに長く生きてくことを考えてちょっとウンザリしたり。げんなり、ウンザリ、どっちだろう?
まぁでも、そういうのを喜んじゃうのがきっと、親心ってヤツなんでしょうね。
最高気温は9.5℃、最低気温が0℃。
朝から晩まで、お日さまマークでした♪
その数日前には雪も降ってたし、前後の日には気温は氷点下まで下がっていた。東京だよ。
私は、曾祖母が亡くなったその日に生まれたのです。
生まれた病院が父の実家の正面にあったので、たくさんの人がお通夜とかお葬式帰りに私の顔を見に寄ったらしい。あまりにも見舞い客が多いのを不審に思った母は、後日曾祖母が亡くなったことを聞かされたのだそうな。
曾祖母は、両親が結婚した頃には既にボケていて、初めて会った日から最期まで、いつでも「初めまして。」とご挨拶されたのですって。父も、離れて暮らすようになって以降、徒歩10分くらいの距離だったらしいけど、徐々に忘れられ、最期の方は「初めまして。」と挨拶されるようになったとか。確か、98歳くらいだったと思う。老衰の大往生。
で、「そういう日に生まれた子は長生きする。」と占い師に言われたと母は喜んでいたけど、私としては98歳になってボケてたら、生きているのを嬉しく感じるのかしらー?とちょっと疑問に思ったり、そんなに長く生きてくことを考えてちょっとウンザリしたり。げんなり、ウンザリ、どっちだろう?
まぁでも、そういうのを喜んじゃうのがきっと、親心ってヤツなんでしょうね。
2008年10月21日
2008年10月18日
アグリー・ベティ
今日から NHK でアグリー・ベティのシーズン1が始まります♪
いちおう、お知らせ。
アグリー・ベティの見所は、毎回ベティのお父さんとお姉さんがテレノベラを観ている場面があって、そのテレノベラのくだらなさ。
テレノベラって、ラテン系テレビメロドラマのこと。濃いんだ、これが。どろっどろ情熱的。その濃いところを凝縮した場面が毎回1−2秒見られます。すっごい楽しい。
元々はコロンビアかどこかの人気ドラマで、それを NY に舞台を移してのリメイクなのです。そのテレノベラを観てる場面って、元のドラマでもやってたのかなぁ?
今日はちょっと、後ろ髪曳かれる思い出ホテル・ルワンダ観ようかなー。
って感じですが。
いちおう、お知らせ。
アグリー・ベティの見所は、毎回ベティのお父さんとお姉さんがテレノベラを観ている場面があって、そのテレノベラのくだらなさ。
テレノベラって、ラテン系テレビメロドラマのこと。濃いんだ、これが。どろっどろ情熱的。その濃いところを凝縮した場面が毎回1−2秒見られます。すっごい楽しい。
元々はコロンビアかどこかの人気ドラマで、それを NY に舞台を移してのリメイクなのです。そのテレノベラを観てる場面って、元のドラマでもやってたのかなぁ?
今日はちょっと、後ろ髪曳かれる思い出ホテル・ルワンダ観ようかなー。
って感じですが。
2008年10月15日
カラスに襲われるの巻
近所のぶた公園で菓子パン食べてたら、ベンチに置いてあった雑誌が入ったレジ袋をカラスに強奪されそうになりました。
カラスに向かって「コラッ!」って怒鳴った私って。。。
重かったのでしょう、持ち上げきれずカラスは退散、かと思いきや、暫く私の隣に居座り睨めっこ。
「ダメ」と何度も言い聞かせたところ、ブランコで遊ぶ子ども達の元へ。
「○○君、追っ払ってぇ!」との姫の声に果敢にもカラスに挑んだ○○君は、反撃に遭い退散。
この公園、広いし緑は多いのだけど、森林浴しようにもどうにもパワーを感じられないんだよね。。
カラスに向かって「コラッ!」って怒鳴った私って。。。
重かったのでしょう、持ち上げきれずカラスは退散、かと思いきや、暫く私の隣に居座り睨めっこ。
「ダメ」と何度も言い聞かせたところ、ブランコで遊ぶ子ども達の元へ。
「○○君、追っ払ってぇ!」との姫の声に果敢にもカラスに挑んだ○○君は、反撃に遭い退散。
この公園、広いし緑は多いのだけど、森林浴しようにもどうにもパワーを感じられないんだよね。。
2008年10月12日
Dove sto?
この言葉、イタリアで何度使ったことか。。
スペイン語で言うと、Donde estoy? 似てる。すぐに覚えられました。
日本語で言うと、私どこにいるの?
だってね、イタリアの道って、迷路のよう。
ぜんっぜんわからん。地図見ながら歩いても、わからん。
Verona と Roma は、ほんとひどかったね。
どこをどう歩いても魅力的な景色なので別にいいんだけどさ、一応目的地ってものがあるわけじゃない、たいていの場合。辿り着きたかったわよ、だって、そこが観たくて向かってるんだもの。閉館時間とかもあるわけだしさ。急いで行かなきゃならない場合もあるわけで、かな〜り焦らされました。
いちばん焦ったのは、Roma の最終日ね。
飛行機が21:50発だったので、日中ちんたらと観光してた。いくつか行きそびれてた場所があったので、てんでばらばらなところなんだけど、行けるだけ行ってみようと。
地図を見ながら計画を立てたわけよ。地下鉄に乗ってあそこ行って、バスに乗ってどこ行って、ついでにここ寄って、なんて感じで。計画通りに行かないのは初めから織り込み済み、時間が足りなくなったらここは諦めてあっちに行こう、とかまでちゃんと考えてあった。
でね、目論見どおり最後に行きたかった教会には時間不足で行けそうになく、行けたら行ってみたいな〜と思っていた遺跡がすぐ近くにあったので、そこに行くことにした。
イタリアって、遺跡の中に入って歩いたり、柱とか石とか直に触れちゃったりするようなところが多くて、でもまだそういうところの中に入るってことをしていなかったので、ローマ時代の柱に触ったりタイルの上を歩いたりするんだわ〜って思ったんだけど、入った途端に雨。寒かったのでブーツ履いてたのね、私。買ったばかりの、スウェードの。ローマは寒かったので、ほぼ毎日ブーツだったんだけど、天気予報で「雨かも」って日には替えの靴も持ってたりしたんだけど、この日の雨は想定外。薄暮色のブーツで、汚したくなかったわけさー。日本では革靴でも買ったらすぐに防水スプレーかけて汚れ対策をする私、スウェードの靴なら数日かけて汚れ対策をしたいところ、イタリアではそんなもの手に入れられなくて、既に数日履いちゃってるし、濡れただけでシミが出来そう。ぐぉーーーっと遺跡を一回りしたけど、ほぼ屋根のあるところのみ。遺跡の柱にも触れなかったしタイルの上も歩けなかった。そこに辿り着く前に土の上歩かなきゃならなかったから。。根性足りなくて。けっこうな降りになっちゃったし、傘持ってなかったし。。
で、まぁ、遺跡の中歩きながら、時間的にちょっとやばいかも、、と思っていたのであるよ。
駅から空港まで電車で30分くらいなんだけど、1時間に2本あるらしいけど、って、それくらいしか知らなかったので、荷物を預けてあるホテルに18時か19時くらいに戻れば充分間に合うだろうと思ってたくらいで、特に詳しく時間割をしてなかった。
やばやばっと思いながら遺跡を出たのは18時半過ぎ。近くに駅はないので、バス。バス停目指して歩き出したんだけど、、、迷わされたっ!
ここどこ?ってくらい全くわからん場所に出てしまって、でも、わかったの。けっこうバスであちこち通ったけど、1箇所だけ全く通らなかったところがあって、「ここ行かなかったなー。」って思ってた場所。結局、そこに出てしまいました。
そこからあっちの方に行けばバス停があるはずっと思って出た先は、思いもよらずトレビの泉。何故ここに?!と思いつつ、意図的に行ったのも意図せずに行ってしまったのも夜だったので、昼間のトレビの泉初めてー!ってわけで雨だけど記念に写真を撮ったのが19時前。
ほんと、最後の最後まで、やられました。。。
その後、トレビの泉からはちょっと遠いけど駅まで歩けるので、バスにしようか地下鉄にしようか迷いつつ、表を眺めながらいけるバスより時間が節約できるだろうってことで地下鉄に乗ってホテルに戻って、靴履き替えて駅へ。
切符の買い方がわからずほけー?っと券売機と格闘している間に電車が1本行ってしまったので、空港に到着したのはぎりぎりだったのだけど、問題なく飛行機に乗って帰国できました。
飛行機乗れたから良かったけどさー、乗れなかったら笑い話にもならんね。
スペイン語で言うと、Donde estoy? 似てる。すぐに覚えられました。
日本語で言うと、私どこにいるの?
だってね、イタリアの道って、迷路のよう。
ぜんっぜんわからん。地図見ながら歩いても、わからん。
Verona と Roma は、ほんとひどかったね。
どこをどう歩いても魅力的な景色なので別にいいんだけどさ、一応目的地ってものがあるわけじゃない、たいていの場合。辿り着きたかったわよ、だって、そこが観たくて向かってるんだもの。閉館時間とかもあるわけだしさ。急いで行かなきゃならない場合もあるわけで、かな〜り焦らされました。
いちばん焦ったのは、Roma の最終日ね。
飛行機が21:50発だったので、日中ちんたらと観光してた。いくつか行きそびれてた場所があったので、てんでばらばらなところなんだけど、行けるだけ行ってみようと。
地図を見ながら計画を立てたわけよ。地下鉄に乗ってあそこ行って、バスに乗ってどこ行って、ついでにここ寄って、なんて感じで。計画通りに行かないのは初めから織り込み済み、時間が足りなくなったらここは諦めてあっちに行こう、とかまでちゃんと考えてあった。
でね、目論見どおり最後に行きたかった教会には時間不足で行けそうになく、行けたら行ってみたいな〜と思っていた遺跡がすぐ近くにあったので、そこに行くことにした。
イタリアって、遺跡の中に入って歩いたり、柱とか石とか直に触れちゃったりするようなところが多くて、でもまだそういうところの中に入るってことをしていなかったので、ローマ時代の柱に触ったりタイルの上を歩いたりするんだわ〜って思ったんだけど、入った途端に雨。寒かったのでブーツ履いてたのね、私。買ったばかりの、スウェードの。ローマは寒かったので、ほぼ毎日ブーツだったんだけど、天気予報で「雨かも」って日には替えの靴も持ってたりしたんだけど、この日の雨は想定外。薄暮色のブーツで、汚したくなかったわけさー。日本では革靴でも買ったらすぐに防水スプレーかけて汚れ対策をする私、スウェードの靴なら数日かけて汚れ対策をしたいところ、イタリアではそんなもの手に入れられなくて、既に数日履いちゃってるし、濡れただけでシミが出来そう。ぐぉーーーっと遺跡を一回りしたけど、ほぼ屋根のあるところのみ。遺跡の柱にも触れなかったしタイルの上も歩けなかった。そこに辿り着く前に土の上歩かなきゃならなかったから。。根性足りなくて。けっこうな降りになっちゃったし、傘持ってなかったし。。
で、まぁ、遺跡の中歩きながら、時間的にちょっとやばいかも、、と思っていたのであるよ。
駅から空港まで電車で30分くらいなんだけど、1時間に2本あるらしいけど、って、それくらいしか知らなかったので、荷物を預けてあるホテルに18時か19時くらいに戻れば充分間に合うだろうと思ってたくらいで、特に詳しく時間割をしてなかった。
やばやばっと思いながら遺跡を出たのは18時半過ぎ。近くに駅はないので、バス。バス停目指して歩き出したんだけど、、、迷わされたっ!
ここどこ?ってくらい全くわからん場所に出てしまって、でも、わかったの。けっこうバスであちこち通ったけど、1箇所だけ全く通らなかったところがあって、「ここ行かなかったなー。」って思ってた場所。結局、そこに出てしまいました。
そこからあっちの方に行けばバス停があるはずっと思って出た先は、思いもよらずトレビの泉。何故ここに?!と思いつつ、意図的に行ったのも意図せずに行ってしまったのも夜だったので、昼間のトレビの泉初めてー!ってわけで雨だけど記念に写真を撮ったのが19時前。
ほんと、最後の最後まで、やられました。。。
その後、トレビの泉からはちょっと遠いけど駅まで歩けるので、バスにしようか地下鉄にしようか迷いつつ、表を眺めながらいけるバスより時間が節約できるだろうってことで地下鉄に乗ってホテルに戻って、靴履き替えて駅へ。
切符の買い方がわからずほけー?っと券売機と格闘している間に電車が1本行ってしまったので、空港に到着したのはぎりぎりだったのだけど、問題なく飛行機に乗って帰国できました。
飛行機乗れたから良かったけどさー、乗れなかったら笑い話にもならんね。
2008年10月11日
洋食になさいますか、和食になさいますか?
イタリアからの帰国便で訊かれた。
「和食お願いします。」
って、カレーでした。
うーーーん、カレーは和食だったのね。
小鉢には、ハムとチーズとオリーブ。うーん、イタリアだ。
ちゃんと内容を聞いてからオーダーすれば良かった。
お魚が食べたかったのである。
「和食お願いします。」
って、カレーでした。
うーーーん、カレーは和食だったのね。
小鉢には、ハムとチーズとオリーブ。うーん、イタリアだ。
ちゃんと内容を聞いてからオーダーすれば良かった。
お魚が食べたかったのである。
2008年10月03日
バッテリー上がりきり
ました。
いつもの鰻屋さんに行こうと思ったら、エンジンがうんともスンともいわない゛
諦めてバスで行ったのだけど。
お散歩がてらぷらぷら歩いて帰宅し、アクサのカスタマーサービスに電話、昨日書いた記事をアップしつつ待ち、ジャンピングサービスを受ける。
30分くらいエンジンかけっぱなしにしなきゃならんそうで、もしかして近所迷惑?と思ったので、移動して今に至る。
実は不安だったので、帰国早々弟に「車動く?」と訊いたら、「お彼岸に乗ったけど、問題なかったよ。」と言われて油断していた。
う〜ん゛本当に30分で大丈夫なのであろうか?不安゛
ドライブして走り回った方がいいんだろうな。渋滞にハマったら、元もこもないけど。
とりあえずアクサの番号は、アドレス帳に登録したよ。
いつもの鰻屋さんに行こうと思ったら、エンジンがうんともスンともいわない゛
諦めてバスで行ったのだけど。
お散歩がてらぷらぷら歩いて帰宅し、アクサのカスタマーサービスに電話、昨日書いた記事をアップしつつ待ち、ジャンピングサービスを受ける。
30分くらいエンジンかけっぱなしにしなきゃならんそうで、もしかして近所迷惑?と思ったので、移動して今に至る。
実は不安だったので、帰国早々弟に「車動く?」と訊いたら、「お彼岸に乗ったけど、問題なかったよ。」と言われて油断していた。
う〜ん゛本当に30分で大丈夫なのであろうか?不安゛
ドライブして走り回った方がいいんだろうな。渋滞にハマったら、元もこもないけど。
とりあえずアクサの番号は、アドレス帳に登録したよ。
ロバート・キャパの写真に泣いた Gorizia
今回の旅では、キューバで知り合ったイタリア人の友人を訪ねてイタリアとスロベニアの国境近くの街 ゴリッツィア Gorizia にも行きました。
小さな街で、徒歩で全て回れてしまいそうなくらいですが、人口は36000人あるそうです。
ちなみに、どの国に行っても日本や東京の人口や広さを聴かれることが多いです。私、そんなの知らないし興味ないのですが、訊かれる度に、ああ、ちゃんと知っておかなきゃ、、と思いつつ、まだ調べていないのでした。。日本の人口は、ひろみゴーの "2億4千万の瞳" って歌があったので、時代はかなり違いますが、「知らないけど、中国の1/10らしいよ。たぶん1億2千万か1億5千万くらいなんじゃない?」と答えています。
ゴリッツィアの友人は、「有り得ないわ、イタリアの人口は○○なのよ、日本とイタリアの国土は同じくらいでしょう?その広さの中に、そんなにたくさんの人がいるはずはないわ。」と言われましたが、後日彼女の友人が遊びに来た際に、その友人が「東京の人口はメキシコ・シティを抜いて世界1になったわね。」と言われて、友人とふたりして「え。。。」と固まったのでした。メキシコ・シティを抜くって、凄いよね。「ああ、では人口が1億2千万ってのも有り得るかもね。」と友人も言い出しました。
で、何人いるの?
イタリアでは、スペインもだし他のヨーロッパの国々もそうでしょうが、どの街にも必ず古い教会があって、そこを中心に街が広がっています。どんなに辺鄙なところでも、たいてい歴史を持っています。
ゴリッツィアも歴史は古く、ローマ時代まで遡るそうです。その後(って、どのくらい後なんだ。。)神聖ローマ帝国やオーストリア・ハンガリー帝国(って歴史で習って以来使っていなかった言葉ですが)などを経て、第1次世界大戦によりイタリアに併合されたそうです。もともとローマ帝国の一部だったので、「イタリアに戻った」という表現を使われますが、地元の人たちはイタリアよりオーストリアの方がいい模様。そのための運動もあるそうで。。
「だって、オーストリアの方がお金持ちでしょう?」と。「ああ、イタリアの北部には、南部を捨てたいと考えている人たちもいるって学校で習った。」と言うと、「いろんな運動があるわよ。」と言ってました。
第1次世界大戦でイタリアに併合された地域では、第1次世界大戦は今も語り継がれる大変身近な出来事で、モニュメントや関連の催しも多いです。友人のおじいさんもこの戦争で亡くなったそうです。
丘の上には11世紀に建てられたお城 Borgo Castello がそびえています。お城は現在いろいろな催しに使われていて、私の到着前日には、どのグループかわかりませんが、日本の "舞踏" があったそうです。「日本のトラディショナルな踊りを観た。」と言うので、「舞踏って、コンテンポラリー・ダンスよ。」と言っておきました。彼女にはいまいち退屈だったみたい。
お城の近くには15世紀に建てられた Chiesa di Santo Spirito という小さな教会があって、本当にものすごく小さいのですが、ロマンチックだとここで結婚式を挙げるカップルが多いそうです。友人は以前、この教会のはす向かいに住んでいたそうです。
この辺りは、なんと言うのかな、お城のエリアだそうで、小さな美術館などがあります。
その内のモード美術館に行ってきたのですが、その昔は絹織物で栄えた時期もあるそうで、大きな機織機や当時の衣装などが展示されています。ゴリッツィア独自のレースもあります。
ふもとの街には Villa Coronini Cronberg という16世紀に建てられたお城(邸宅)もあり、友人と共に行ってきました。
コロニーニという貴族(?)の家で、家系は途絶えてしまったのですが、最後の城主が寄付したのでしょう、今では邸内を見学することが出来ます。ちゃんと書くには歴史の勉強をし直さなければならないのでご勘弁いただきたいのですが、コロニーニ家は、オーストリア・ハンガリー帝国のハプスブルグ家?ほら、マリア・テレジアの。マリー・アントワネットの生家ね。との繋がりがあり、邸宅の中には「誰々が泊まった部屋」とかが再現されています。美術品コレクターでもあった城主の集めた品々も、展示されています。
最後の城主はゲイだったそうで、その弟は女遊びは絶えなかったのですが正式には結婚せず、妹は、若い頃に身分違いの大恋愛をした後、やはり一度も結婚せずに生涯を閉じたそうです。
ゲイの城主は大変美しい人だったそうで、邸宅前の高校に通っていた友人は犬と散歩する城主の姿をしばしば目撃、女友達とキャーキャー言ってたそうです。ちなみに友人、たぶん60歳くらい。
お城見学は12時ちょうどから、私達の他は一組のご夫婦。そのだんなさんはやはり城主を知っているそうで、たぶん街の雑貨屋さんかなんかなのですが、この一家や城主について本人の思い出やお父さんから聞いた話など、案内の人を交えて話しながらの見学、イタリア語ですが、楽しかったです。
調度品も美しく、大満足。
庭園 も見事で、シンメトリーに作られるイタリア式ではなく、非対称に作られるイギリス式だそうです。ここではよく音楽会など開かれるそうで、当日の夕方にも何かあったのですが、その日はジャズを聴きに行っちゃったんだっけ?
それに先立ち、邸宅の厩か使用人小屋を改装したのかな?と思われる建物で、ロバート・キャパ展 "ROBERT CAPA Fotografie da Israele 1948-1950"(たぶんこのページ、次の展覧会で消えます。)を開催していました。
展示された写真は、イスラエル建国時の人々の写真 。素晴らしかったです。
ロバート・キャパというと、戦場写真家 のイメージが強かったのですが、展示されていたイスラエル入植者たちの写真は、とても印象的でした。
私は、イスラエルという存在にいろいろ思うところがあるのですが、入植者たちの表情は、喜びに溢れ、夢と希望ではちきれんばかりでした。
全てを詰めたかばんを持ち、イスラエルに約束の地を求めてやってくる人々。荒地を開墾する人々。重労働の合間のランチタイム。疲れきっているだろうに、嬉しくて堪らない目をしている。
涙が出てきた。
60年経った今も、問題を多く抱えている。このとき、今を想像しただろうか?
ただただ、喜びに溢れている。
誰も彼らを責められない。いや、責められる。でも、そんなこと、彼らのあの表情を前に、何も言えない。言える人たちはいる。でも、私にはその権利はない。
彼らに "約束の地" を約束したのは、彼らの神であり、英国なのである。それを許したのは、米国なのである。
その先を知らず、幸せに浸る彼らの写真に、複雑に悲しくなって、涙が出た。
泣かせられた写真、インターネット上では見つけられなかったんだけどね。
実はこの記事、これが書きたくて書き始めたのですが、ほんの一部になってしまいました。
分けて書けばいいんだよね。。。
ゴリッツィアは、周りにワイナリーがたくさんあって、そのいくつかではレストランも経営しています。
内ひとつに行ってきました。
ブドウ畑の広がる谷を見下ろす山にあり、レストラン前の広い芝生に並ぶテーブル。まるでピクニックのように、休日を楽しむ家族たち。素晴らしく気持ちがいい。遠くにゴリッツィアも一望できました。
お目当ては、フルーツの入ったニョッキ。
彼女のお母さんは、お父さんにはお肉の入ったニョッキ、そして彼女とお母さんのためにこのフルーツの入ったニョッキを作ったそうです。
めちゃくちゃ美味しかった。
この辺りはやはりスロベニアとの境で、人種的にはスロベニア系だそうです。言葉も、日常的にはイタリア語ではなくスラベ(?)を話すそうで、ムッソリーニ時代には禁止されていましたが、今は学校の授業もスラベで行われたりしているそうです。
HDD が壊れてしまったので、ゴリッツィアの写真はありません。。。
ゴリッツィアから1時間くらいの、トリエステ Trieste や グラド Grado には友人と車で、ウディネ Udine にはひとりで電車で行ってきました。
グラドに行く途中、紀元前181年の ローマの遺跡 がある アキレイア Aquileia に寄りました。遺跡の隣には歴史を紀元2世紀まで遡れる 教会 があって、「私たち、歴史の上を歩いているよね。」と。
トリエステに行く手前には海に面したお城 Castello di Miramare があって、悲しくロマンティックな歴史があります。
それら、また別の機会に。
小さな街で、徒歩で全て回れてしまいそうなくらいですが、人口は36000人あるそうです。
ちなみに、どの国に行っても日本や東京の人口や広さを聴かれることが多いです。私、そんなの知らないし興味ないのですが、訊かれる度に、ああ、ちゃんと知っておかなきゃ、、と思いつつ、まだ調べていないのでした。。日本の人口は、ひろみゴーの "2億4千万の瞳" って歌があったので、時代はかなり違いますが、「知らないけど、中国の1/10らしいよ。たぶん1億2千万か1億5千万くらいなんじゃない?」と答えています。
ゴリッツィアの友人は、「有り得ないわ、イタリアの人口は○○なのよ、日本とイタリアの国土は同じくらいでしょう?その広さの中に、そんなにたくさんの人がいるはずはないわ。」と言われましたが、後日彼女の友人が遊びに来た際に、その友人が「東京の人口はメキシコ・シティを抜いて世界1になったわね。」と言われて、友人とふたりして「え。。。」と固まったのでした。メキシコ・シティを抜くって、凄いよね。「ああ、では人口が1億2千万ってのも有り得るかもね。」と友人も言い出しました。
で、何人いるの?
イタリアでは、スペインもだし他のヨーロッパの国々もそうでしょうが、どの街にも必ず古い教会があって、そこを中心に街が広がっています。どんなに辺鄙なところでも、たいてい歴史を持っています。
ゴリッツィアも歴史は古く、ローマ時代まで遡るそうです。その後(って、どのくらい後なんだ。。)神聖ローマ帝国やオーストリア・ハンガリー帝国(って歴史で習って以来使っていなかった言葉ですが)などを経て、第1次世界大戦によりイタリアに併合されたそうです。もともとローマ帝国の一部だったので、「イタリアに戻った」という表現を使われますが、地元の人たちはイタリアよりオーストリアの方がいい模様。そのための運動もあるそうで。。
「だって、オーストリアの方がお金持ちでしょう?」と。「ああ、イタリアの北部には、南部を捨てたいと考えている人たちもいるって学校で習った。」と言うと、「いろんな運動があるわよ。」と言ってました。
第1次世界大戦でイタリアに併合された地域では、第1次世界大戦は今も語り継がれる大変身近な出来事で、モニュメントや関連の催しも多いです。友人のおじいさんもこの戦争で亡くなったそうです。
丘の上には11世紀に建てられたお城 Borgo Castello がそびえています。お城は現在いろいろな催しに使われていて、私の到着前日には、どのグループかわかりませんが、日本の "舞踏" があったそうです。「日本のトラディショナルな踊りを観た。」と言うので、「舞踏って、コンテンポラリー・ダンスよ。」と言っておきました。彼女にはいまいち退屈だったみたい。
お城の近くには15世紀に建てられた Chiesa di Santo Spirito という小さな教会があって、本当にものすごく小さいのですが、ロマンチックだとここで結婚式を挙げるカップルが多いそうです。友人は以前、この教会のはす向かいに住んでいたそうです。
この辺りは、なんと言うのかな、お城のエリアだそうで、小さな美術館などがあります。
その内のモード美術館に行ってきたのですが、その昔は絹織物で栄えた時期もあるそうで、大きな機織機や当時の衣装などが展示されています。ゴリッツィア独自のレースもあります。
ふもとの街には Villa Coronini Cronberg という16世紀に建てられたお城(邸宅)もあり、友人と共に行ってきました。
コロニーニという貴族(?)の家で、家系は途絶えてしまったのですが、最後の城主が寄付したのでしょう、今では邸内を見学することが出来ます。ちゃんと書くには歴史の勉強をし直さなければならないのでご勘弁いただきたいのですが、コロニーニ家は、オーストリア・ハンガリー帝国のハプスブルグ家?ほら、マリア・テレジアの。マリー・アントワネットの生家ね。との繋がりがあり、邸宅の中には「誰々が泊まった部屋」とかが再現されています。美術品コレクターでもあった城主の集めた品々も、展示されています。
最後の城主はゲイだったそうで、その弟は女遊びは絶えなかったのですが正式には結婚せず、妹は、若い頃に身分違いの大恋愛をした後、やはり一度も結婚せずに生涯を閉じたそうです。
ゲイの城主は大変美しい人だったそうで、邸宅前の高校に通っていた友人は犬と散歩する城主の姿をしばしば目撃、女友達とキャーキャー言ってたそうです。ちなみに友人、たぶん60歳くらい。
お城見学は12時ちょうどから、私達の他は一組のご夫婦。そのだんなさんはやはり城主を知っているそうで、たぶん街の雑貨屋さんかなんかなのですが、この一家や城主について本人の思い出やお父さんから聞いた話など、案内の人を交えて話しながらの見学、イタリア語ですが、楽しかったです。
調度品も美しく、大満足。
庭園 も見事で、シンメトリーに作られるイタリア式ではなく、非対称に作られるイギリス式だそうです。ここではよく音楽会など開かれるそうで、当日の夕方にも何かあったのですが、その日はジャズを聴きに行っちゃったんだっけ?
それに先立ち、邸宅の厩か使用人小屋を改装したのかな?と思われる建物で、ロバート・キャパ展 "ROBERT CAPA Fotografie da Israele 1948-1950"(たぶんこのページ、次の展覧会で消えます。)を開催していました。
展示された写真は、イスラエル建国時の人々の写真 。素晴らしかったです。
ロバート・キャパというと、戦場写真家 のイメージが強かったのですが、展示されていたイスラエル入植者たちの写真は、とても印象的でした。
私は、イスラエルという存在にいろいろ思うところがあるのですが、入植者たちの表情は、喜びに溢れ、夢と希望ではちきれんばかりでした。
全てを詰めたかばんを持ち、イスラエルに約束の地を求めてやってくる人々。荒地を開墾する人々。重労働の合間のランチタイム。疲れきっているだろうに、嬉しくて堪らない目をしている。
涙が出てきた。
60年経った今も、問題を多く抱えている。このとき、今を想像しただろうか?
ただただ、喜びに溢れている。
誰も彼らを責められない。いや、責められる。でも、そんなこと、彼らのあの表情を前に、何も言えない。言える人たちはいる。でも、私にはその権利はない。
彼らに "約束の地" を約束したのは、彼らの神であり、英国なのである。それを許したのは、米国なのである。
その先を知らず、幸せに浸る彼らの写真に、複雑に悲しくなって、涙が出た。
泣かせられた写真、インターネット上では見つけられなかったんだけどね。
実はこの記事、これが書きたくて書き始めたのですが、ほんの一部になってしまいました。
分けて書けばいいんだよね。。。
ゴリッツィアは、周りにワイナリーがたくさんあって、そのいくつかではレストランも経営しています。
内ひとつに行ってきました。
ブドウ畑の広がる谷を見下ろす山にあり、レストラン前の広い芝生に並ぶテーブル。まるでピクニックのように、休日を楽しむ家族たち。素晴らしく気持ちがいい。遠くにゴリッツィアも一望できました。
お目当ては、フルーツの入ったニョッキ。
彼女のお母さんは、お父さんにはお肉の入ったニョッキ、そして彼女とお母さんのためにこのフルーツの入ったニョッキを作ったそうです。
めちゃくちゃ美味しかった。
この辺りはやはりスロベニアとの境で、人種的にはスロベニア系だそうです。言葉も、日常的にはイタリア語ではなくスラベ(?)を話すそうで、ムッソリーニ時代には禁止されていましたが、今は学校の授業もスラベで行われたりしているそうです。
HDD が壊れてしまったので、ゴリッツィアの写真はありません。。。
ゴリッツィアから1時間くらいの、トリエステ Trieste や グラド Grado には友人と車で、ウディネ Udine にはひとりで電車で行ってきました。
グラドに行く途中、紀元前181年の ローマの遺跡 がある アキレイア Aquileia に寄りました。遺跡の隣には歴史を紀元2世紀まで遡れる 教会 があって、「私たち、歴史の上を歩いているよね。」と。
トリエステに行く手前には海に面したお城 Castello di Miramare があって、悲しくロマンティックな歴史があります。
それら、また別の機会に。
2008年10月01日
あああ、そんな。。。
ベティのお姉さんの恋人、長年かかってやっと結ばれると思ってたら、シーズン1の最終回でコンビに強盗に撃たれちゃって、お姉さんが泣き崩れるところで終わったんだけど、その3週間後の設定で始まったシーズン2初回で熱々ぶりを披露してくれて、良かったー!って思ってたら、全部お姉さんの夢想でした。。。
悲しー!
お姉さん、部屋に閉じこもってずっと夢の世界に浸っていたのよ。初回最後に現実の世界に戻ってくるの。
悲しいね。
ところで 以前私が絶賛したメトの "連隊の娘" 、BS-hi に登場の模様。観られる環境にある方は、是非。
やっぱり主役の年齢が気になるところではあるが。
悲しー!
お姉さん、部屋に閉じこもってずっと夢の世界に浸っていたのよ。初回最後に現実の世界に戻ってくるの。
悲しいね。
ところで 以前私が絶賛したメトの "連隊の娘" 、BS-hi に登場の模様。観られる環境にある方は、是非。
やっぱり主役の年齢が気になるところではあるが。
2008年09月30日
アグリー・ベティ
好きなのよー。って、以前も書いたことありましたっけ?
シーズン1が全てが激変したところで「さあどうなる?!どうなっちゃうの?!」とものすごく気になるところで終わってしまったので、えー、、こんなのアリ???と思っていた。
そしたら、Madrid でもシーズン1の最終回を観ちゃったのよね。スペイン語だったけど。で、「次回は何曜の何時から」って書いてあったのだけど、チャンネルがどこだかわからなかったの。で、テレビ番組表で探したのだけど、ケーブルテレビだったのか、とにかくチャンネル数が多すぎて、見つけられなかった。
続きがどうなるのか知りたい知りたい知りたい!とずっと思ってたのだけど、やっと今日、知ることが出来ます。今日からシーズン2が始まるのよー!嬉し♪
それにしてもシーズン1、これでシーズン終わっちゃっていいの?って終わり方だったので、本当にあれでシーズン1が終わりだったのかどうか、いまいち信じ難い。
どうかシーズン2があの続きで始まりますように。
ところで円−ユーロ、とうとう150円切りましたね。
私が行ったときは1ユーロ170円で、非常に辛かった。3年前にスペインに行ったときは130円だったのに。
今回の一番高い買い物は、Milano - Madrid の航空券。まさに170円真っ盛りの時期に購入いたしました。悲し。。。
400ユーロくらいだったから、20円違うと8000円も違う!
Madrid では10ユーロのランチとか多くて、たぶん現地の人にとっては1000円くらいの感覚なのだろうなと思いつつ、私には1700円だよ、ランチに毎日そんなに使えない。今なら1500円だから、3日に1回くらいならいいかなって思っちゃうかもしれないけど。いやいや、やっぱり有り得ないか。。
運よく見つけた中華の7ユーロランチ、食後の珈琲付き。ジャスミンティーは、無料でお湯を足してくれるし、重宝しました。とはいえ、結局2回しか行かなかったけど。だって、ランチタイムに豪勢にお食事しているグループとかけっこういて、ひとりでテーブル使ってランチ食べるのが申し訳なくて。
本当はもっと通いたかった。。
それでも7ユーロを毎日食べるのは贅沢すぎるので、どっちかっていうと、生ハムとチーズにパンってのが多かったです。ホテルの中庭でね。生ハムは、値段でモノが結構違うそうなので、安いのじゃないのにしてましたが。
夜は、、、食べないことが多かったです。おなかすいたなーと思いつつ、外出先から戻るとすぐにライブに行く時間になっちゃって。
なんと言っても、宿代がね、旅の半分くらいは居候してましたが。
シーズン1が全てが激変したところで「さあどうなる?!どうなっちゃうの?!」とものすごく気になるところで終わってしまったので、えー、、こんなのアリ???と思っていた。
そしたら、Madrid でもシーズン1の最終回を観ちゃったのよね。スペイン語だったけど。で、「次回は何曜の何時から」って書いてあったのだけど、チャンネルがどこだかわからなかったの。で、テレビ番組表で探したのだけど、ケーブルテレビだったのか、とにかくチャンネル数が多すぎて、見つけられなかった。
続きがどうなるのか知りたい知りたい知りたい!とずっと思ってたのだけど、やっと今日、知ることが出来ます。今日からシーズン2が始まるのよー!嬉し♪
それにしてもシーズン1、これでシーズン終わっちゃっていいの?って終わり方だったので、本当にあれでシーズン1が終わりだったのかどうか、いまいち信じ難い。
どうかシーズン2があの続きで始まりますように。
ところで円−ユーロ、とうとう150円切りましたね。
私が行ったときは1ユーロ170円で、非常に辛かった。3年前にスペインに行ったときは130円だったのに。
今回の一番高い買い物は、Milano - Madrid の航空券。まさに170円真っ盛りの時期に購入いたしました。悲し。。。
400ユーロくらいだったから、20円違うと8000円も違う!
Madrid では10ユーロのランチとか多くて、たぶん現地の人にとっては1000円くらいの感覚なのだろうなと思いつつ、私には1700円だよ、ランチに毎日そんなに使えない。今なら1500円だから、3日に1回くらいならいいかなって思っちゃうかもしれないけど。いやいや、やっぱり有り得ないか。。
運よく見つけた中華の7ユーロランチ、食後の珈琲付き。ジャスミンティーは、無料でお湯を足してくれるし、重宝しました。とはいえ、結局2回しか行かなかったけど。だって、ランチタイムに豪勢にお食事しているグループとかけっこういて、ひとりでテーブル使ってランチ食べるのが申し訳なくて。
本当はもっと通いたかった。。
それでも7ユーロを毎日食べるのは贅沢すぎるので、どっちかっていうと、生ハムとチーズにパンってのが多かったです。ホテルの中庭でね。生ハムは、値段でモノが結構違うそうなので、安いのじゃないのにしてましたが。
夜は、、、食べないことが多かったです。おなかすいたなーと思いつつ、外出先から戻るとすぐにライブに行く時間になっちゃって。
なんと言っても、宿代がね、旅の半分くらいは居候してましたが。
2008年09月28日
2008年09月25日
帰ってきました。
昨日の夜、帰って来ました。お彼岸には親戚一同、といっても父は3人兄弟なので少ないのですが、でお墓参りをするので、それに間に合うようにチケットを取ったつもりなのですが、なんか、思ってたのと日付が違ったので、Roma 1週間のつもりが思いがけず9日間。しかも21日までそれに気付かずにいたというお間抜けさ。
アリタリアは毎日イタリアの新聞紙面をにぎわせていたけれども、何が書かれているのかもわからず、道で無料で配っている新聞を読んだのですが、ある日は「アリタリアがイタリア政府と喧嘩!」、別の日には「パイロットがアリタリアに○○ユーロ要求!」という見出しを理解しただけ。Torino−Roma 便が空港に行ったらキャンセルになっていて次の便の席をくれたのですがこれも1時間遅れという体たらくで、同じ便に乗る人に「アリタリアは大口を叩くから信じちゃいけない。」と言われてたりしたので、ちょっと不安になり、たまたま乗る便が JAL の運行便だったので JAL にその便が確かに飛ぶのかを確認。「アリタリアとの共同運航便はその時間に飛びますが、アリタリアのことはアリタリアに訊いて下さい。」と言われたので、アリタリアにもリコンファーム。空港に向かう列車の中でイギリス人夫婦に「アリタリアのこと何か知ってる?」と聞かれ、「毎日新聞にぎわしてるよね。とりあえず私は JAL とアリタリアに飛行機が飛ぶことを確認したけど。」って具合だったんだけど、帰ってきてから yoko de torino さんからのメールでアリタリアが倒産したことを知りました。そうだったのかー。
でもまぁ無事に帰ってきました。
荷物はまぁ重くて重くて、列車で旅をするには重すぎた。Madrid で6キロ日本に郵送したにもかかわらず Madrid−Milano 便で荷物の超過料金4キロ分支払わされ、Milano の宿に一部預けたにもかかわらず Gorizia の友人がスーツケースのあまりにもの重さに「計ってみましょ。」と。計ってみたら30キロ弱。実は Torino の Yuly 宅にも2キロ分くらい預けてあって、Yuly に5キロ(内2キロは元々 Yuly にあげるつもりだった本などですが)分くらいあげて、再び10キロ郵送しました。
Torino−Roma 便ではスーツケースが20.4キロだったのに気を良くして、Roma で誘惑に勝てず食料を2キロほど購入。重いものを手荷物にしなかったにもかかわらず Roma−Narita 便でも24.5キロでした。追加料金を取られそうになったら手荷物にするものと捨てるものパックというのも作ってあったのだけど、特に何も言われずに済みました。
Gorizia の友人には「少ない荷物で旅行することを学ばなければね。」と言われてしまったのだけど、私は小さい軽いがモットーで、必要最低限の物しか持っていないはずなのにいろいろ合わせるといつも重くなってしまう。どうして他の人々が私よりも軽い荷物で旅行できるのかがわからない。
もうひとつわからないのは、私は小さくて軽いのに(小さいわりに体重あるけど)100キロのおっさんと同じ料金で飛行機に乗っていて、それでもほんの4キロ荷物がオーバーしても追加料金を支払わなければならないこと。以前キューバに行ったときには「私自身が他の人より軽いわよ。だから荷物のオーバー分は多めにみて。」とお願いしたのだけど、ダメでした。
荷物の超過料金を取るのなら、運賃も体重別にすればいいのに!と強く思う次第でございます。
荷物の郵送は、スペインでは Madrid の中央郵便局で。素晴らしく美しい建物で、ぜんぜん混んでいないし人々も親切。基本料金が○○ユーロで1キロに付き○ユーロ(5−600円くらいかな?)という感じ。高いのは基本料金なので、送れるだけ送っちゃおうと箱詰めしたけど6キロにしかならなかった。
イタリアでは Torino の街角の郵便局。「船便で。」と言ったら「そんなのやったことないし知らないわよ!」と拒否されたのだけど、飛行機の時間も迫っていたし粘りに粘って1時間半かけて送ってもらった。Gorizia の郵便局で詳しく教えてもらってあったので、郵便局の人がやる気にさえなってくれれば送れることはわかっていたので。郵便局まで歩きながら「もしかして12キロくらいあるかも。。」と思っていたのだけど、9.96キロでした。素晴らしい!
スペインでは6キロで47ユーロだったかな?イタリアでは10キロで33.4ユーロ。イタリアの方がずっと安いし、運が良ければ1週間くらいで届くそう。だけど届いていなかったな。。スペインからの船便は、既にうちにありました。今見てみたら、5.905キロ42ユーロで、8月28日に送ったのが9月7日に届いたみたい。
成田からは、いつものホテルまでリムジンバス。
根性が足りなくて、いつもタクシーでそのホテルまで往復してたのだけど、思ったのよね、タクシー料金でそのホテルでおいしいお食事をして車をとりにうちに帰った方がいいかもと。
でも今回は、路線バスで帰りました!バスはホテル前から出て、うちから徒歩3分のところまで行くの。だったらバスよね、やっぱり。ノンステップ・バスだし。
でもバス車内は、スーツケースをガラガラ出来るスペースがなかった。。し、変な顔して見る人が多かったような。。。
ところで、JAL の機内誌で知ったのだけど、「リムジン&メトロパス」というのがあって、リムジンバスは3000円なのだけど、3100円でリムジンバスの乗車券と東京メトロの1日乗車券が購入できるの。しかもそれぞれ別の日に使えて、有効期間は6ヶ月。初乗り料金が160円だから、1回乗っただけで60円のお得。皆さまにお勧めいたします。
もちろん私もこれを購入。心配なのは使わずに期限を過ぎてしまうこと。でもまぁ100円だし。
ところで写真データの話。
Roma のスーパーで4ギガの SD カードを19ユーロで売っていたので、「これってどのカメラでも使えるの?」と訊いたところ、「カメラによって使えるメモリーカードの容量があるから、説明書で確認した方がいいよ。」と。そうかー、、2ギガの SD カードで撮った写真が消えたのは、ちょうど1ギガ分くらい使った後だったので、そのせいだったかも、、、と思って、さっきカメラの使用説明書で探してみました。1ギガ以上のカードは使えないとは書いてないけど、1ギガ以上のメモリーで何枚撮れるかとかも書いていない。うーーーん。。
とにかく、雨の日の写真とバチカンの写真は全くありません。。ラファエロの間では、教科書に載ってたフレスコ画とか動画で撮ったりもしたのに。その動画がメモリー使っちゃったのね。悲しい。。。けど、もっと悲しいのは HDD が壊れてしまったこと。一部 DVD に焼いてあるけど、あああ、、どうして全部焼いておかなかったんだろう。。って感じです。
手持ちの SD カード使い果たした後インターネット屋さんで、DVD 焼いたつもりでモバイル PC でも使っている SD カードだけ写真のメモリーを消去してしまったのだけど、それも2ギガメモリーがダメになってからバチカンで続きの写真を撮った分だったんだよね。。
でもどうにも怪しいのでもっとちゃんとしたビジネスセンターで焼き直すことにした。
で、そのビジネスセンター。「24時間営業でやってるよ」と言われた場所に行ったのだけど、どう見ても銀行。日曜なので閉まっている。道行く人に訊いても、お巡りさんに訊いても同じ場所にあると言う。挙句の果て、その銀行前にあるバス停で「ここでインターネットが出来るって聞いたんだけど、ここ、銀行よね?」とおばさんに訊いてみた。「ドアがたくさんあるでしょう。このうちのひとつがインターネットできるところよ。」と。
翌月曜、もう一度行ってみた。どうしてもそのドアが見つけられず、銀行に入れてもらう。「ホテルの人もお巡りさんも町の人たちも、みんなここでインターネットが出来ると言うの。ひとりの夫人が、ここのドアのひとつに入るとインターネットができると言うんだけど、ここは銀行よね?」言うに、「3年前からここは銀行になったんだ。」。「あちこち行ったのだけど、私がしたいと思うことがどこのコンピューターでも出来ないの。いいコンピューターがあるところ知ってる?」
インターネットで調べてくれたところに行ってみると、どことも変わらないインターネット屋さん。DVD も使えないと言う。
そこで教えてくれたところに行ってみた。「写真のデータを DVD に焼きたいんだけど。」「できるよ。」と言うので、とりあえず始めてみた。「やり方知ってるの?」「ノ。」と言うと「やってあげるよ。」持ってきた DVD を渡そうとすると、「いいよ、あるから。全部込みで2ユーロ、いい?」「そのほかに私がインターネットを使う分?」「いや、それも込みで。」他のインターネット屋さんが1時間1−2ユーロなのに対してここは4ユーロ、30分でも3ユーロ、ちょっといぶかしく思いながらも「もういいや、いくらかかっても」って気持ちで OK する。「君はインターネットでもしてて。」と。
終わって支払いをしようとすると、人差し指を口に当てて表を指す。何も言わずに黙って出て行け、の合図?「ありがとう!」と言ってお店を出たものの、次第に怖くなる。「この人は私の未来か過去が見えるのではないか?明日の飛行機が落ちちゃうんじゃないか?だから親切にしてくれたんじゃないか?どこかでインターネットして、遺言残した方がいいんじゃないか???」
結局観光を選び、遺言を残すこともなく、こうして無事に帰ってきましたが。何だったんだろう???特に口説かれもせず。。
後日、旅のこと書きます。
いろんなことがあったよー。
アリタリアは毎日イタリアの新聞紙面をにぎわせていたけれども、何が書かれているのかもわからず、道で無料で配っている新聞を読んだのですが、ある日は「アリタリアがイタリア政府と喧嘩!」、別の日には「パイロットがアリタリアに○○ユーロ要求!」という見出しを理解しただけ。Torino−Roma 便が空港に行ったらキャンセルになっていて次の便の席をくれたのですがこれも1時間遅れという体たらくで、同じ便に乗る人に「アリタリアは大口を叩くから信じちゃいけない。」と言われてたりしたので、ちょっと不安になり、たまたま乗る便が JAL の運行便だったので JAL にその便が確かに飛ぶのかを確認。「アリタリアとの共同運航便はその時間に飛びますが、アリタリアのことはアリタリアに訊いて下さい。」と言われたので、アリタリアにもリコンファーム。空港に向かう列車の中でイギリス人夫婦に「アリタリアのこと何か知ってる?」と聞かれ、「毎日新聞にぎわしてるよね。とりあえず私は JAL とアリタリアに飛行機が飛ぶことを確認したけど。」って具合だったんだけど、帰ってきてから yoko de torino さんからのメールでアリタリアが倒産したことを知りました。そうだったのかー。
でもまぁ無事に帰ってきました。
荷物はまぁ重くて重くて、列車で旅をするには重すぎた。Madrid で6キロ日本に郵送したにもかかわらず Madrid−Milano 便で荷物の超過料金4キロ分支払わされ、Milano の宿に一部預けたにもかかわらず Gorizia の友人がスーツケースのあまりにもの重さに「計ってみましょ。」と。計ってみたら30キロ弱。実は Torino の Yuly 宅にも2キロ分くらい預けてあって、Yuly に5キロ(内2キロは元々 Yuly にあげるつもりだった本などですが)分くらいあげて、再び10キロ郵送しました。
Torino−Roma 便ではスーツケースが20.4キロだったのに気を良くして、Roma で誘惑に勝てず食料を2キロほど購入。重いものを手荷物にしなかったにもかかわらず Roma−Narita 便でも24.5キロでした。追加料金を取られそうになったら手荷物にするものと捨てるものパックというのも作ってあったのだけど、特に何も言われずに済みました。
Gorizia の友人には「少ない荷物で旅行することを学ばなければね。」と言われてしまったのだけど、私は小さい軽いがモットーで、必要最低限の物しか持っていないはずなのにいろいろ合わせるといつも重くなってしまう。どうして他の人々が私よりも軽い荷物で旅行できるのかがわからない。
もうひとつわからないのは、私は小さくて軽いのに(小さいわりに体重あるけど)100キロのおっさんと同じ料金で飛行機に乗っていて、それでもほんの4キロ荷物がオーバーしても追加料金を支払わなければならないこと。以前キューバに行ったときには「私自身が他の人より軽いわよ。だから荷物のオーバー分は多めにみて。」とお願いしたのだけど、ダメでした。
荷物の超過料金を取るのなら、運賃も体重別にすればいいのに!と強く思う次第でございます。
荷物の郵送は、スペインでは Madrid の中央郵便局で。素晴らしく美しい建物で、ぜんぜん混んでいないし人々も親切。基本料金が○○ユーロで1キロに付き○ユーロ(5−600円くらいかな?)という感じ。高いのは基本料金なので、送れるだけ送っちゃおうと箱詰めしたけど6キロにしかならなかった。
イタリアでは Torino の街角の郵便局。「船便で。」と言ったら「そんなのやったことないし知らないわよ!」と拒否されたのだけど、飛行機の時間も迫っていたし粘りに粘って1時間半かけて送ってもらった。Gorizia の郵便局で詳しく教えてもらってあったので、郵便局の人がやる気にさえなってくれれば送れることはわかっていたので。郵便局まで歩きながら「もしかして12キロくらいあるかも。。」と思っていたのだけど、9.96キロでした。素晴らしい!
スペインでは6キロで47ユーロだったかな?イタリアでは10キロで33.4ユーロ。イタリアの方がずっと安いし、運が良ければ1週間くらいで届くそう。だけど届いていなかったな。。スペインからの船便は、既にうちにありました。今見てみたら、5.905キロ42ユーロで、8月28日に送ったのが9月7日に届いたみたい。
成田からは、いつものホテルまでリムジンバス。
根性が足りなくて、いつもタクシーでそのホテルまで往復してたのだけど、思ったのよね、タクシー料金でそのホテルでおいしいお食事をして車をとりにうちに帰った方がいいかもと。
でも今回は、路線バスで帰りました!バスはホテル前から出て、うちから徒歩3分のところまで行くの。だったらバスよね、やっぱり。ノンステップ・バスだし。
でもバス車内は、スーツケースをガラガラ出来るスペースがなかった。。し、変な顔して見る人が多かったような。。。
ところで、JAL の機内誌で知ったのだけど、「リムジン&メトロパス」というのがあって、リムジンバスは3000円なのだけど、3100円でリムジンバスの乗車券と東京メトロの1日乗車券が購入できるの。しかもそれぞれ別の日に使えて、有効期間は6ヶ月。初乗り料金が160円だから、1回乗っただけで60円のお得。皆さまにお勧めいたします。
もちろん私もこれを購入。心配なのは使わずに期限を過ぎてしまうこと。でもまぁ100円だし。
ところで写真データの話。
Roma のスーパーで4ギガの SD カードを19ユーロで売っていたので、「これってどのカメラでも使えるの?」と訊いたところ、「カメラによって使えるメモリーカードの容量があるから、説明書で確認した方がいいよ。」と。そうかー、、2ギガの SD カードで撮った写真が消えたのは、ちょうど1ギガ分くらい使った後だったので、そのせいだったかも、、、と思って、さっきカメラの使用説明書で探してみました。1ギガ以上のカードは使えないとは書いてないけど、1ギガ以上のメモリーで何枚撮れるかとかも書いていない。うーーーん。。
とにかく、雨の日の写真とバチカンの写真は全くありません。。ラファエロの間では、教科書に載ってたフレスコ画とか動画で撮ったりもしたのに。その動画がメモリー使っちゃったのね。悲しい。。。けど、もっと悲しいのは HDD が壊れてしまったこと。一部 DVD に焼いてあるけど、あああ、、どうして全部焼いておかなかったんだろう。。って感じです。
手持ちの SD カード使い果たした後インターネット屋さんで、DVD 焼いたつもりでモバイル PC でも使っている SD カードだけ写真のメモリーを消去してしまったのだけど、それも2ギガメモリーがダメになってからバチカンで続きの写真を撮った分だったんだよね。。
でもどうにも怪しいのでもっとちゃんとしたビジネスセンターで焼き直すことにした。
で、そのビジネスセンター。「24時間営業でやってるよ」と言われた場所に行ったのだけど、どう見ても銀行。日曜なので閉まっている。道行く人に訊いても、お巡りさんに訊いても同じ場所にあると言う。挙句の果て、その銀行前にあるバス停で「ここでインターネットが出来るって聞いたんだけど、ここ、銀行よね?」とおばさんに訊いてみた。「ドアがたくさんあるでしょう。このうちのひとつがインターネットできるところよ。」と。
翌月曜、もう一度行ってみた。どうしてもそのドアが見つけられず、銀行に入れてもらう。「ホテルの人もお巡りさんも町の人たちも、みんなここでインターネットが出来ると言うの。ひとりの夫人が、ここのドアのひとつに入るとインターネットができると言うんだけど、ここは銀行よね?」言うに、「3年前からここは銀行になったんだ。」。「あちこち行ったのだけど、私がしたいと思うことがどこのコンピューターでも出来ないの。いいコンピューターがあるところ知ってる?」
インターネットで調べてくれたところに行ってみると、どことも変わらないインターネット屋さん。DVD も使えないと言う。
そこで教えてくれたところに行ってみた。「写真のデータを DVD に焼きたいんだけど。」「できるよ。」と言うので、とりあえず始めてみた。「やり方知ってるの?」「ノ。」と言うと「やってあげるよ。」持ってきた DVD を渡そうとすると、「いいよ、あるから。全部込みで2ユーロ、いい?」「そのほかに私がインターネットを使う分?」「いや、それも込みで。」他のインターネット屋さんが1時間1−2ユーロなのに対してここは4ユーロ、30分でも3ユーロ、ちょっといぶかしく思いながらも「もういいや、いくらかかっても」って気持ちで OK する。「君はインターネットでもしてて。」と。
終わって支払いをしようとすると、人差し指を口に当てて表を指す。何も言わずに黙って出て行け、の合図?「ありがとう!」と言ってお店を出たものの、次第に怖くなる。「この人は私の未来か過去が見えるのではないか?明日の飛行機が落ちちゃうんじゃないか?だから親切にしてくれたんじゃないか?どこかでインターネットして、遺言残した方がいいんじゃないか???」
結局観光を選び、遺言を残すこともなく、こうして無事に帰ってきましたが。何だったんだろう???特に口説かれもせず。。
後日、旅のこと書きます。
いろんなことがあったよー。
2008年09月22日
kikoku-bi
kyou kato omotteta ra, ashita desita...
3kagetsu-kan zutto kyou dato bakari omotte mashita. hen danaaaaa.....
HDD ga matashitemo kowarete, shasin ga sukuenai kamo..
de, 2GB no SD-card wo kounyuu shitara, Batican de kowareta, ikinari Card wo shokika shiro to meirei sareta.
maru 2ka bun no shashin ga kieta,,,
nanka, warui mono totta no de shouka???
de Internet cafe de DVD yaita tsumori de SDcard no shashin keshitara, yakete inakute, soremo kieta.
tatarareteru???
3kagetsu-kan zutto kyou dato bakari omotte mashita. hen danaaaaa.....
HDD ga matashitemo kowarete, shasin ga sukuenai kamo..
de, 2GB no SD-card wo kounyuu shitara, Batican de kowareta, ikinari Card wo shokika shiro to meirei sareta.
maru 2ka bun no shashin ga kieta,,,
nanka, warui mono totta no de shouka???
de Internet cafe de DVD yaita tsumori de SDcard no shashin keshitara, yakete inakute, soremo kieta.
tatarareteru???
2008年09月19日
Roma
ima Roma desu.
raishuu kikoku.
Italia de ha maigo ni natte bakari.
Roma demo, kinou mo kyou mo Bus wo nori-sugoshite, chizu ni notte inai tokoro made itte shimai mashita.
midokoro ga arisugite, mayotte bakari.
doko ni ikouka kangaete iru aida ni, jikan bakari sugite iku,,, ketsudan-ryoku ga naikara..
tanoshinde imasu!!
raishuu kikoku.
Italia de ha maigo ni natte bakari.
Roma demo, kinou mo kyou mo Bus wo nori-sugoshite, chizu ni notte inai tokoro made itte shimai mashita.
midokoro ga arisugite, mayotte bakari.
doko ni ikouka kangaete iru aida ni, jikan bakari sugite iku,,, ketsudan-ryoku ga naikara..
tanoshinde imasu!!
2008年09月09日
トイレに行くために1000円使った日。
ヴェローナはとてもかわいくてアンティークな、歩き甲斐のある街です。疲れきっていたし、たくさん歩き回って全てを観たい気がしたので、予定より2泊多く滞在することにしました。
初日は第一目的のオペラを観るだけで終わってしまった。
ヴェローナに到着してインフォメーションで宿を取って貰おうと思ったら、リストブック渡されたので、仕方なくテレフォンカードを購入して出鱈目なイタリア語で電話してみたんだけど、結局見つけられず、タクシーでホテル案内所へ。が、安ホテルは扱ってなくて、「ユーアーラッキー」って80ユーロのホテルをあてがわれた。が、もういいやって80ユーロのホテルへ。
ざっくりシャワーを浴びてオペラのバウチャーをチケットに交換しに行ったら、既に列が出来ていたので、慌ててホテルに戻って着替えて、化粧もせずに出かける。あああ、理想とは違うぅぅ!途中、パニーニ購入。お水は、ホテルで汲んできた。
オペラは、カルメン。お気に入りのレオ・ヌッチが出演するナブッコかリゴレットを観てもいいかなと思ってたんだけど、どちらもストーリーが嫌いだし日程が合わず、生レオ・ヌッチを諦めたのであった。
ひとりだったので出遅れたにも関わらず前から2列目のほぼ正面、シートナンバーがない席のね、をゲットできてラッキーだったんだけど、考えていたよりもずっと音が届かなくて、曲が始まったのにも気付かなかったほど。でも、始まる前のワクワク感、銅鑼を持った人が3回出てきて、1回2回3回目が開演の合図。銅鑼が3つ鳴ってオーケストラメンバーがスタンバイし終えしばらくすると、会場が暗くなり人々がろうそくに火を灯す。素晴らしく美しかった。これはここアレーナの伝統だそうです。年のヴェルディ生誕100年を記念して観客がろうそくをともすことをしてから、全てのオペラでろうそくを灯すようになったそうな。舞台美術もすっごくかわいくて、広いステージをめいっぱい使って観る目を楽しませてくれた。馬がね、走ったりもした。ステージの両端ではストーリーと関係なくバレエが踊られたり。悲しいかな遠すぎて、乱視の私にはステージ上の人たちが頭を2つもっているように見えたんだけど。
2日目は、豪勢な朝食を食べられるだけ食べてから、その日からの宿探し。目標より高かったけど、妥協して1泊40ユーロのホテルに決めた。屋根裏部屋で、たぶん帳簿には載らない部屋だと思う。けど、探すの大変だし。
やっぱりアイーダも観たくて、チケットを購入。アレーナでは会場の表にアイーダで使う大道具がおいてあったり、クレーンでアレーナ内に運んだりするのを興味深く観察。ぶらぶら歩いてジュリエットのお墓のある所に行って、前のホテルに戻って荷物を次のホテルに運んでお昼寝したら、再び化粧をする時間もなくアレーナへ。
アイーダは、素晴らしかった。完璧!って言っちゃダメだと思うのだけど、望むものは全て得られたって感じ。
風が強くてろうそくの火はすぐに消えてしまったけど、その風のおかげか音の伝わりが昨日とは全然違って、音楽は素晴らしいし舞台装置はすっごい豪華だしもう言うことなし!って感じでした。幕間には下まで降りて一服したりしましたが、そこで発見!高いシートの人たちはほぼ正装していたりシャンパンとか飲みながら幕間を楽しんでいるのです。そうよねー。これぞオペラ!って雰囲気を味わいました。
あんまりにも気分が良かったので、終わってからホテルまでの道すがら、ジェラートを購入。着席して残存しているものを味わうことまではせずに食べながら歩いて帰ったけど。
ああ、幸せだった。
翌日は、昼過ぎまで寝てしまいました。ので、お部屋を掃除して貰えなかった。けど別にいいや。3日観光カードを購入して教会や美術館を廻ろうと思ってたんだけど、出遅れたので、ぶらぶらお散歩。しようと思ったらさ、靴のセールをしてたのよ。ずっと歩きやすい靴を探してたのだけど、これぞ!と思うものに出会わず、予算との折り合いもつかず、まだ一足も購入してなかったんだけど、なんだかいきなり燃えてしまって、サンダル二足(各5ユーロ)とブーツを購入。なんかさー、120ユーロのサンダルを25ユーロで売ってるのに16ユーロのサンダルを5ユーロで購入するのも馬鹿らしい気がしたんだけど、元120ユーロのは素晴らしく素敵なサンダルで欲しかったのにサイズがなくて、かわいくてサイズがあるのはそれしかなかったんだよね。残念。そしてブーツまで買ってしまった。。。気の迷いよね。。
重いので1回ホテルに戻って出直したんだけど、既に夕暮れ。適当に歩いてたら、迷子になった。でもどの道も素敵で、わくわくしながら歩いていたら雨。購入したばかりのサンダルを濡らしたくないし、どこにいるのかもわからないし、おなかも空いていたのでどうしよー!と思ったら、アペリティーボやってるバルを発見!駆け込んでレモンベースのノンアルコールカクテルを作って貰って6ユーロでたらふく食べてメール書いて、いつ止むんだろう?と思ってたら、とっくに止んでて噴水の音を雨音だと勘違いしていたことを知る。
で、お店の人に「私どこにいるの?」と訊いて帰路につく。
が、なんだかうきうきしていたのでアレーナ前のレストランでカフェ・マキアートを飲みながら日曜の23時雨上がりで人気の少ないアレーナを眺めながらメールの続きを書いたりしてた。
翌日は、11時にはホテルを出てどうしても早く送信しなきゃならないメールを送信しつつSDカードの写真データをHDDに移してって思って昨日見たはずのインターネットカフェを探す。よろよろのおじいちゃんが犬に見守られながら街角の人たちに挨拶されたりしながら目当てのバルに行ってエスプレッソを飲む姿に感動したり。
インターネットし終わって観光客用じゃないカフェで知らないおじさんにカフェ・マキアートをご馳走して貰ってスーパーマーケットを見かけた気がしたので牛乳が買いたくなってスーパーの場所を教えて貰ってお買い物。再び自分の行る場所を見失う。他の飲み物も買っちゃって重かったので、聞く。私はどこにいるの?レストランと言うよりはビストロって感じのこじんまりしたお店のたぶんオーナーシェフと小学生の息子かな?教えてくれた。帰り方を。かなーりホテルの近くにいたんだけどね。
ホテルに戻ったらおなかが空いたので、豪華ホテルで貰ってきたフルーツケーキを食べて牛乳飲んで、出直す。
最初の目的地に到着したら、何故か既に15時だったんだよね。「本当にいいの?」と訊かれながら1日観光カードを購入。2〜3カ所行けば元が取れるし。すっごい古い教会で、その地下には発掘された更に昔の教会があったりして、お金払って教会に入るのって変な気がしてたけど、大満足。
次の目的地は、17時半に閉まってしまうドゥオモ。
が、おなかが痛くなってトイレに行くためにカフェテリアで2.2ユーロのコーラを購入。こっちの方って思ってた方向に向かうけどなかなか到着しなくて訝しく思い、念のためにお巡りさんに訊くと全く逆の方向を指される。お巡りさん間違ってる!と思いつつ他の人に訊くとやはり同じ方向を指す。私が間違ってたのだと知り、カフェテリアの女の子に「ここはどこ?ドゥオモに行きたいの。」と言うと、いる場所を教えてくれて、「とにかくまっすぐ行け!」と。が、なかなか到着しなくて別の女の子に再び訊く。2本目を左と言われたのだけど、なんか違う気がして素敵なおばあさんに訊く。やっぱり彼女は間違っていて、「あなたが今いる道はローマ時代の道で、ドゥオモに行くにはこう行くのよ。」と親切に教えてくれる。もう17時半過ぎてたんだけどね。
とりあえず行ってみたら、中には入れた。たぶん、説明文書が貰えなかっただけだと思う。
ドゥオモを出たら再び腹痛。ドゥオモ前の素敵なケーキ屋さんでセレブたちが集う中ケーキを食べずにカフェ・マキアートだけオーダーしてすたこらトイレに。破格の2.5ユーロでしたよ。高すぎ!
もう18時に閉まってしまうところにも入れない時間になってしまった。でも、ドゥオモの中に入れたように別の教会も入れるだろうから、とりあえずいろいろ廻ってみることにした。
が、ドゥオモ近くの教会に行った後にまたまた腹痛。川沿いの素敵なバルでカフェ・マキアート。なぜって、カプチーノよりずっと安いんだよね。ここはまともに1.5ユーロでした。
2回トイレに行って、せめてこの時間唯一観光カードが使える塔に上ろうと、そして夕暮れのヴェローナを眺めるのだわ!と塔へ。
「このカードだと、エレベーターは使えないのよ。」と言われて「具合が悪くて、ほら、1日カードなのにここが2カ所目なのよ。」と泣きつこうかと思ったんだけど、頑張って上る。下ることを考えてうんざりしながら。
塔の上からはヴェローナの街が一望できて、いい気分。1組いたカップルが去った後ももうどこも閉まっているしとひとり長居して、夕暮れを楽しむ。
20時、街のあちこちの教会が一斉に鐘を鳴らす。うぉー!と感動しつつ、暗くなってから階段を下りるのが怖かったので帰ることにする。
実はこの日歩いたほとんどの道は前日迷子になったときに歩いた道ばかりだったのでもう帰り道はわかっているから、おなか空いたなーと思いつつ、1本違いの道を選んで無事ホテルに到着。したら21時過ぎてたんだけど、ヴェローナのリゾットを食べるためにホテルの人に紹介されたレストランへ。再び迷子になりそうだったんだけどね。誰にも訊かずに到着できた。
ヴェローナのリゾットはなかったんだけど、似ているという豚の挽き肉とリンゴで作ったチーズ味のリゾット。めちゃくちゃおいしかった。
tokorode, DION tte itsu shamei kawatta no???
ima no ima made shiranakattayo...
初日は第一目的のオペラを観るだけで終わってしまった。
ヴェローナに到着してインフォメーションで宿を取って貰おうと思ったら、リストブック渡されたので、仕方なくテレフォンカードを購入して出鱈目なイタリア語で電話してみたんだけど、結局見つけられず、タクシーでホテル案内所へ。が、安ホテルは扱ってなくて、「ユーアーラッキー」って80ユーロのホテルをあてがわれた。が、もういいやって80ユーロのホテルへ。
ざっくりシャワーを浴びてオペラのバウチャーをチケットに交換しに行ったら、既に列が出来ていたので、慌ててホテルに戻って着替えて、化粧もせずに出かける。あああ、理想とは違うぅぅ!途中、パニーニ購入。お水は、ホテルで汲んできた。
オペラは、カルメン。お気に入りのレオ・ヌッチが出演するナブッコかリゴレットを観てもいいかなと思ってたんだけど、どちらもストーリーが嫌いだし日程が合わず、生レオ・ヌッチを諦めたのであった。
ひとりだったので出遅れたにも関わらず前から2列目のほぼ正面、シートナンバーがない席のね、をゲットできてラッキーだったんだけど、考えていたよりもずっと音が届かなくて、曲が始まったのにも気付かなかったほど。でも、始まる前のワクワク感、銅鑼を持った人が3回出てきて、1回2回3回目が開演の合図。銅鑼が3つ鳴ってオーケストラメンバーがスタンバイし終えしばらくすると、会場が暗くなり人々がろうそくに火を灯す。素晴らしく美しかった。これはここアレーナの伝統だそうです。年のヴェルディ生誕100年を記念して観客がろうそくをともすことをしてから、全てのオペラでろうそくを灯すようになったそうな。舞台美術もすっごくかわいくて、広いステージをめいっぱい使って観る目を楽しませてくれた。馬がね、走ったりもした。ステージの両端ではストーリーと関係なくバレエが踊られたり。悲しいかな遠すぎて、乱視の私にはステージ上の人たちが頭を2つもっているように見えたんだけど。
2日目は、豪勢な朝食を食べられるだけ食べてから、その日からの宿探し。目標より高かったけど、妥協して1泊40ユーロのホテルに決めた。屋根裏部屋で、たぶん帳簿には載らない部屋だと思う。けど、探すの大変だし。
やっぱりアイーダも観たくて、チケットを購入。アレーナでは会場の表にアイーダで使う大道具がおいてあったり、クレーンでアレーナ内に運んだりするのを興味深く観察。ぶらぶら歩いてジュリエットのお墓のある所に行って、前のホテルに戻って荷物を次のホテルに運んでお昼寝したら、再び化粧をする時間もなくアレーナへ。
アイーダは、素晴らしかった。完璧!って言っちゃダメだと思うのだけど、望むものは全て得られたって感じ。
風が強くてろうそくの火はすぐに消えてしまったけど、その風のおかげか音の伝わりが昨日とは全然違って、音楽は素晴らしいし舞台装置はすっごい豪華だしもう言うことなし!って感じでした。幕間には下まで降りて一服したりしましたが、そこで発見!高いシートの人たちはほぼ正装していたりシャンパンとか飲みながら幕間を楽しんでいるのです。そうよねー。これぞオペラ!って雰囲気を味わいました。
あんまりにも気分が良かったので、終わってからホテルまでの道すがら、ジェラートを購入。着席して残存しているものを味わうことまではせずに食べながら歩いて帰ったけど。
ああ、幸せだった。
翌日は、昼過ぎまで寝てしまいました。ので、お部屋を掃除して貰えなかった。けど別にいいや。3日観光カードを購入して教会や美術館を廻ろうと思ってたんだけど、出遅れたので、ぶらぶらお散歩。しようと思ったらさ、靴のセールをしてたのよ。ずっと歩きやすい靴を探してたのだけど、これぞ!と思うものに出会わず、予算との折り合いもつかず、まだ一足も購入してなかったんだけど、なんだかいきなり燃えてしまって、サンダル二足(各5ユーロ)とブーツを購入。なんかさー、120ユーロのサンダルを25ユーロで売ってるのに16ユーロのサンダルを5ユーロで購入するのも馬鹿らしい気がしたんだけど、元120ユーロのは素晴らしく素敵なサンダルで欲しかったのにサイズがなくて、かわいくてサイズがあるのはそれしかなかったんだよね。残念。そしてブーツまで買ってしまった。。。気の迷いよね。。
重いので1回ホテルに戻って出直したんだけど、既に夕暮れ。適当に歩いてたら、迷子になった。でもどの道も素敵で、わくわくしながら歩いていたら雨。購入したばかりのサンダルを濡らしたくないし、どこにいるのかもわからないし、おなかも空いていたのでどうしよー!と思ったら、アペリティーボやってるバルを発見!駆け込んでレモンベースのノンアルコールカクテルを作って貰って6ユーロでたらふく食べてメール書いて、いつ止むんだろう?と思ってたら、とっくに止んでて噴水の音を雨音だと勘違いしていたことを知る。
で、お店の人に「私どこにいるの?」と訊いて帰路につく。
が、なんだかうきうきしていたのでアレーナ前のレストランでカフェ・マキアートを飲みながら日曜の23時雨上がりで人気の少ないアレーナを眺めながらメールの続きを書いたりしてた。
翌日は、11時にはホテルを出てどうしても早く送信しなきゃならないメールを送信しつつSDカードの写真データをHDDに移してって思って昨日見たはずのインターネットカフェを探す。よろよろのおじいちゃんが犬に見守られながら街角の人たちに挨拶されたりしながら目当てのバルに行ってエスプレッソを飲む姿に感動したり。
インターネットし終わって観光客用じゃないカフェで知らないおじさんにカフェ・マキアートをご馳走して貰ってスーパーマーケットを見かけた気がしたので牛乳が買いたくなってスーパーの場所を教えて貰ってお買い物。再び自分の行る場所を見失う。他の飲み物も買っちゃって重かったので、聞く。私はどこにいるの?レストランと言うよりはビストロって感じのこじんまりしたお店のたぶんオーナーシェフと小学生の息子かな?教えてくれた。帰り方を。かなーりホテルの近くにいたんだけどね。
ホテルに戻ったらおなかが空いたので、豪華ホテルで貰ってきたフルーツケーキを食べて牛乳飲んで、出直す。
最初の目的地に到着したら、何故か既に15時だったんだよね。「本当にいいの?」と訊かれながら1日観光カードを購入。2〜3カ所行けば元が取れるし。すっごい古い教会で、その地下には発掘された更に昔の教会があったりして、お金払って教会に入るのって変な気がしてたけど、大満足。
次の目的地は、17時半に閉まってしまうドゥオモ。
が、おなかが痛くなってトイレに行くためにカフェテリアで2.2ユーロのコーラを購入。こっちの方って思ってた方向に向かうけどなかなか到着しなくて訝しく思い、念のためにお巡りさんに訊くと全く逆の方向を指される。お巡りさん間違ってる!と思いつつ他の人に訊くとやはり同じ方向を指す。私が間違ってたのだと知り、カフェテリアの女の子に「ここはどこ?ドゥオモに行きたいの。」と言うと、いる場所を教えてくれて、「とにかくまっすぐ行け!」と。が、なかなか到着しなくて別の女の子に再び訊く。2本目を左と言われたのだけど、なんか違う気がして素敵なおばあさんに訊く。やっぱり彼女は間違っていて、「あなたが今いる道はローマ時代の道で、ドゥオモに行くにはこう行くのよ。」と親切に教えてくれる。もう17時半過ぎてたんだけどね。
とりあえず行ってみたら、中には入れた。たぶん、説明文書が貰えなかっただけだと思う。
ドゥオモを出たら再び腹痛。ドゥオモ前の素敵なケーキ屋さんでセレブたちが集う中ケーキを食べずにカフェ・マキアートだけオーダーしてすたこらトイレに。破格の2.5ユーロでしたよ。高すぎ!
もう18時に閉まってしまうところにも入れない時間になってしまった。でも、ドゥオモの中に入れたように別の教会も入れるだろうから、とりあえずいろいろ廻ってみることにした。
が、ドゥオモ近くの教会に行った後にまたまた腹痛。川沿いの素敵なバルでカフェ・マキアート。なぜって、カプチーノよりずっと安いんだよね。ここはまともに1.5ユーロでした。
2回トイレに行って、せめてこの時間唯一観光カードが使える塔に上ろうと、そして夕暮れのヴェローナを眺めるのだわ!と塔へ。
「このカードだと、エレベーターは使えないのよ。」と言われて「具合が悪くて、ほら、1日カードなのにここが2カ所目なのよ。」と泣きつこうかと思ったんだけど、頑張って上る。下ることを考えてうんざりしながら。
塔の上からはヴェローナの街が一望できて、いい気分。1組いたカップルが去った後ももうどこも閉まっているしとひとり長居して、夕暮れを楽しむ。
20時、街のあちこちの教会が一斉に鐘を鳴らす。うぉー!と感動しつつ、暗くなってから階段を下りるのが怖かったので帰ることにする。
実はこの日歩いたほとんどの道は前日迷子になったときに歩いた道ばかりだったのでもう帰り道はわかっているから、おなか空いたなーと思いつつ、1本違いの道を選んで無事ホテルに到着。したら21時過ぎてたんだけど、ヴェローナのリゾットを食べるためにホテルの人に紹介されたレストランへ。再び迷子になりそうだったんだけどね。誰にも訊かずに到着できた。
ヴェローナのリゾットはなかったんだけど、似ているという豚の挽き肉とリンゴで作ったチーズ味のリゾット。めちゃくちゃおいしかった。
tokorode, DION tte itsu shamei kawatta no???
ima no ima made shiranakattayo...
2008年07月14日
イタリア語
「日本人がイタリアでスペイン語を話している!」と笑われることがままある。とあるキューバ人は、私がスペイン語はわかるけどイタリア語がわからないのを知りつつ、3度目に会ったときにイタリア語で話したりした。それされたとき、これって、イタリア語を勉強しろってことだよなーと思ったり。でも、イタリアでしか通じないし、短期滞在の外国人が習う言葉なのであろうかとちょっと考えたりもした。
んだけど、ゆうべからいきなりイタリア語の勉強を始めた。
とはいえ、スペイン語よりは少なそうだけど動詞の変化が15プラス進行形分あって、そんなの覚えられるか!って感じだし、んーーー、、使いそうなものだけ。
しゃべるのなら上等な言葉が使いたい私は、お願いするときの言葉とか、丁寧語を覚えるよ。やっぱり、使う言葉によって扱われ方が変わると思うし。
まぁねー、帰るまでにしゃべれるようになるとは思ってないのだけど、お店でお買い物するくらいはできるようになろうかなと。
え?お買い物するんだっけ?
んだけど、ゆうべからいきなりイタリア語の勉強を始めた。
とはいえ、スペイン語よりは少なそうだけど動詞の変化が15プラス進行形分あって、そんなの覚えられるか!って感じだし、んーーー、、使いそうなものだけ。
しゃべるのなら上等な言葉が使いたい私は、お願いするときの言葉とか、丁寧語を覚えるよ。やっぱり、使う言葉によって扱われ方が変わると思うし。
まぁねー、帰るまでにしゃべれるようになるとは思ってないのだけど、お店でお買い物するくらいはできるようになろうかなと。
え?お買い物するんだっけ?
2008年07月12日
イタリアいろいろ2
イタリアには、なのかトリノには、クリーニング屋さんがたくさんあります。2ブロックに1軒くらいある気がする。
友人がTシャツにまでアイロンをかけているので驚いていると、イタリア人は靴下にもアイロンをかけるのだそうです。「私はそこまではしないけどね。」と。おしゃれで綺麗好きなんですね。
キューバでもよく「何でアイロンをかけないんだ?」とか「靴を磨け」とか言われていたけど、私はなるべくアイロンをかけないで済む服しか買いません。で、アイロンをかけた方がいい服も、アイロンをかけたりしません。家事の中で一番嫌いなのは、アイロンがけ。
友人は、遊ぶことに貪欲で、今夜もこれからディスコテカです。同居している彼は音楽の趣味が違うので、いつも別々に遊びに行っています。
私はライブのないところにはほとんど行かないのですが、どんなところなのか興味があるし、たいてい付いて行っています。いちど眠すぎてゴーゴー寝ていたら、置いていかれちゃったけど。
毎日のように3時4時まで遊んで、日によって勤務形態が違うのですが、早いときは朝6時に起きて仕事に行っています。凄いね。私より3つくらい若いだけかな?でもって家事もけっこうしているし。
ただ、遊びに出発する時間は遅くて、23時とか0時とか。迎えに来てくれる子の都合に合わせて。
送り迎えは、たいてい女の子。男の子にしてもらっていたときもあったそうですが、一緒に行くと相手をしなきゃならないとかいろいろ面倒なので、女の子同士で行って「あの男の子かっこいいね。」とかやっているのが楽しいそうです。その女の子達は、24歳だったりするのですが。
南米とイタリアのハーフだったり、キューバ人だったり、イギリス人だったり。たぶん、目立つグループでしょうね。24歳のハーフの子とクバーナはかなりかわいくてもてもてだし。ぶりぶり踊るし。
私はけっこう、荷物持ち兼場所取りって感じでくっついていってます。
友人がTシャツにまでアイロンをかけているので驚いていると、イタリア人は靴下にもアイロンをかけるのだそうです。「私はそこまではしないけどね。」と。おしゃれで綺麗好きなんですね。
キューバでもよく「何でアイロンをかけないんだ?」とか「靴を磨け」とか言われていたけど、私はなるべくアイロンをかけないで済む服しか買いません。で、アイロンをかけた方がいい服も、アイロンをかけたりしません。家事の中で一番嫌いなのは、アイロンがけ。
友人は、遊ぶことに貪欲で、今夜もこれからディスコテカです。同居している彼は音楽の趣味が違うので、いつも別々に遊びに行っています。
私はライブのないところにはほとんど行かないのですが、どんなところなのか興味があるし、たいてい付いて行っています。いちど眠すぎてゴーゴー寝ていたら、置いていかれちゃったけど。
毎日のように3時4時まで遊んで、日によって勤務形態が違うのですが、早いときは朝6時に起きて仕事に行っています。凄いね。私より3つくらい若いだけかな?でもって家事もけっこうしているし。
ただ、遊びに出発する時間は遅くて、23時とか0時とか。迎えに来てくれる子の都合に合わせて。
送り迎えは、たいてい女の子。男の子にしてもらっていたときもあったそうですが、一緒に行くと相手をしなきゃならないとかいろいろ面倒なので、女の子同士で行って「あの男の子かっこいいね。」とかやっているのが楽しいそうです。その女の子達は、24歳だったりするのですが。
南米とイタリアのハーフだったり、キューバ人だったり、イギリス人だったり。たぶん、目立つグループでしょうね。24歳のハーフの子とクバーナはかなりかわいくてもてもてだし。ぶりぶり踊るし。
私はけっこう、荷物持ち兼場所取りって感じでくっついていってます。
2008年07月11日
イタリアいろいろ
イタリアって、スーパー高級車のイメージがあったのだけど、走っている車はコンパクトカーが多くて、2人乗りの車も結構いるくらい。ちょっと意外でした。
自分のパーキングを持っている人は少なくて、ほとんどが路上駐車らしい。多くの道路にはパーキングスペースがちゃんとあって、それ以外のスペースに止めた場合は取締りが結構厳しいそうだけど、街中でも全然困らないくらいスペースはたくさんある。
トリノはバスの便がかなり良くて、バスを乗り継げばどこにでも行ける感じ。私も来て早々、バスの1ヶ月チケットというのを購入しました。確か70分有効で1ユーロ、1日チケットとか7日チケットとかあるそうなのだけど、1ヶ月のが一番お得だそうなので。
チケットはタバコ屋さんで購入し、最初に使うときにバス車内の機械でスタンプを押し、その後は何もせずに乗り放題。たまにチェックが入るそうで、そのときはサインした1ヶ月チケットと身分証明書を持っていなければならない。凄く便利です。
バスマップを貰ってきたのでそれで調べることも出来るのですが、インターネットでどこからどこまでと入力すると、バス停名と乗るバスの番号、どこで乗り換えて何番のバスのどこで降りればいいか、地図付で調べることが出来ます。乗り換えのバス停が違う場合も、そのバス停までの行き方や、バスに何分乗って乗り換えのバス停まで徒歩何分でその後何分乗るかなど、詳細に教えてくれる。すっごいね。
へー!と思って私も検索してみたところ、Google map で日本語で表示された!日本でも同じように調べることが出来るかも?Google map 凄いです!!
ただ、今居候している先の友人が7月27日に日本に里帰りするとのことで、私は20日くらいには出ていくよと言っているのに「いいよいいよ、27日までいて!」と言うので、一緒に住んでいる彼に申し訳ないな〜、でも事情があるのかなぁ?と思っていたのだけど、突然、「彼のいとこが泊まりに来るから出て行ってくれ。」と言われてしまい、Yuly (ジュリ)の家に16日に移ることになりました。
Yuly の家は中心街にあり、バスに乗る必要はほぼないし、何よりキューバから来てまだ1−2ヶ月の Yuly は怖がってバスに乗りたがらないので、1ヶ月チケットを購入する必要はなかったかも?32ユーロ。。。うーーーん。。
キューバ人の多くは自分のテリトリー外に出ようとしないのです。歩いて行ける自分の家の近所で生活し、職場が遠ければバスやヒッチハイクでそこまで行くけれども、そこでもその近所でしか活動せず、いつでも安心できるところにいるのです。
Yuly が言うには、「みんなイタリア人に見えるかもしれないけど、ルーマニアやアルメニアから来ている人もたくさんいて、そういう人は危ないのよ。」と、昼間でも私をバスに乗せてくれません。
Yuly のだんなさんの Davide (ダビデ)も、「外国から来ている人は、家族もいなければ家もない、仕事もない、お金もない。何も失うものがないから、何でもする。危険だよ。」と。
夜バスで帰ると言ったときに反対されたのはわかるのですが、普通に生活している人の多くが利用する昼間のバスにも乗せてもらえないとなると、歩いて行ける所にしか行けなくなってしまう。。
Yuly は、イタリアに到着する前から「まさこはママのいるキューバと私のいるイタリアに自分の家があると言うことだからね。」と言ってくれていて、私が日本人の友人宅に泊まることになっていたことにちょっとやきもちを焼いていたらしい。私がトリノに来るって話が出た時点では、いずれ Yuly が来ることはわかっていたけれども、パスポート等の手続きの関係でいつ到着するかわかっていなかったので、しょうがないのですけどね。
イタリアでは、建物内すべて禁煙だそうで、カフェやレストランなど、歩道にテーブルを並べています。
多くのお店ではテントのような屋根付だったりして、いい感じ。
先日お食事しに行ったレストランでお誕生日会をしていたのですが、ケーキの切り分け方にびっくり。まぁるいケーキの真ん中直径10センチか15センチくらいをまず丸く切り抜きます。そしてその外を切り分ける。で、足りなくなったりしたら、その真ん中を切り分ける。そんな感じです。友人によると、丸いケーキを縦横に四角く切ったりもするそうです。面白い。
もっとスペイン語が通じるかと思っていたのだけれども、「イタリア語わからないから、スペイン語か英語で。」と言うと、英語を選ぶ人が多い。イタリアでは、11歳から18歳まで、週2−3時間の英語の授業があるそうで、国民の英語力は日本と同じようなものなのかな?って感じです。
でも、単語や文法が似ているので、スペイン語が不自由な私でもイタリア語で何を言っているのか大体わかったりします。単語とか、何が話題になっているかとか。でも、話がどの方向に進んでいて、結論が何なのか、さっぱりわかりませんけど。
私がイタリア語の振りをしてスペイン語話しても、通じることがあります。ほんと似ているのです。
Davide は、「まさこはスペイン語を話すのだから、すぐにイタリア語が話せるようになるよ。」と言うのですが、スペイン語自体でたらめなので、ちょっとどうでしょう?
今でさえ英語とスペイン語、思いついたほうが口から出てしまうくらいなので、これにイタリア語が加わったら、とんでもないことになってしまう。
昨日踊りに行ったらイタリア人になんぱされたのですが、その人は英語もスペイン語もだめ。言葉判らないからだめだって言ってるのに、かなりしつこかったです。会話が成り立たないのに。。
踊りに行く先はラテン音楽を扱っているところなので、スペイン語が通じる確率が高いです。飲み物を注文するのも、「氷入れないで。」っていうのが通じて嬉しい。それくらいイタリア語で覚えろってことなんですが。
また何か面白いことがあったら、ご報告します。
自分のパーキングを持っている人は少なくて、ほとんどが路上駐車らしい。多くの道路にはパーキングスペースがちゃんとあって、それ以外のスペースに止めた場合は取締りが結構厳しいそうだけど、街中でも全然困らないくらいスペースはたくさんある。
トリノはバスの便がかなり良くて、バスを乗り継げばどこにでも行ける感じ。私も来て早々、バスの1ヶ月チケットというのを購入しました。確か70分有効で1ユーロ、1日チケットとか7日チケットとかあるそうなのだけど、1ヶ月のが一番お得だそうなので。
チケットはタバコ屋さんで購入し、最初に使うときにバス車内の機械でスタンプを押し、その後は何もせずに乗り放題。たまにチェックが入るそうで、そのときはサインした1ヶ月チケットと身分証明書を持っていなければならない。凄く便利です。
バスマップを貰ってきたのでそれで調べることも出来るのですが、インターネットでどこからどこまでと入力すると、バス停名と乗るバスの番号、どこで乗り換えて何番のバスのどこで降りればいいか、地図付で調べることが出来ます。乗り換えのバス停が違う場合も、そのバス停までの行き方や、バスに何分乗って乗り換えのバス停まで徒歩何分でその後何分乗るかなど、詳細に教えてくれる。すっごいね。
へー!と思って私も検索してみたところ、Google map で日本語で表示された!日本でも同じように調べることが出来るかも?Google map 凄いです!!
ただ、今居候している先の友人が7月27日に日本に里帰りするとのことで、私は20日くらいには出ていくよと言っているのに「いいよいいよ、27日までいて!」と言うので、一緒に住んでいる彼に申し訳ないな〜、でも事情があるのかなぁ?と思っていたのだけど、突然、「彼のいとこが泊まりに来るから出て行ってくれ。」と言われてしまい、Yuly (ジュリ)の家に16日に移ることになりました。
Yuly の家は中心街にあり、バスに乗る必要はほぼないし、何よりキューバから来てまだ1−2ヶ月の Yuly は怖がってバスに乗りたがらないので、1ヶ月チケットを購入する必要はなかったかも?32ユーロ。。。うーーーん。。
キューバ人の多くは自分のテリトリー外に出ようとしないのです。歩いて行ける自分の家の近所で生活し、職場が遠ければバスやヒッチハイクでそこまで行くけれども、そこでもその近所でしか活動せず、いつでも安心できるところにいるのです。
Yuly が言うには、「みんなイタリア人に見えるかもしれないけど、ルーマニアやアルメニアから来ている人もたくさんいて、そういう人は危ないのよ。」と、昼間でも私をバスに乗せてくれません。
Yuly のだんなさんの Davide (ダビデ)も、「外国から来ている人は、家族もいなければ家もない、仕事もない、お金もない。何も失うものがないから、何でもする。危険だよ。」と。
夜バスで帰ると言ったときに反対されたのはわかるのですが、普通に生活している人の多くが利用する昼間のバスにも乗せてもらえないとなると、歩いて行ける所にしか行けなくなってしまう。。
Yuly は、イタリアに到着する前から「まさこはママのいるキューバと私のいるイタリアに自分の家があると言うことだからね。」と言ってくれていて、私が日本人の友人宅に泊まることになっていたことにちょっとやきもちを焼いていたらしい。私がトリノに来るって話が出た時点では、いずれ Yuly が来ることはわかっていたけれども、パスポート等の手続きの関係でいつ到着するかわかっていなかったので、しょうがないのですけどね。
イタリアでは、建物内すべて禁煙だそうで、カフェやレストランなど、歩道にテーブルを並べています。
多くのお店ではテントのような屋根付だったりして、いい感じ。
先日お食事しに行ったレストランでお誕生日会をしていたのですが、ケーキの切り分け方にびっくり。まぁるいケーキの真ん中直径10センチか15センチくらいをまず丸く切り抜きます。そしてその外を切り分ける。で、足りなくなったりしたら、その真ん中を切り分ける。そんな感じです。友人によると、丸いケーキを縦横に四角く切ったりもするそうです。面白い。
もっとスペイン語が通じるかと思っていたのだけれども、「イタリア語わからないから、スペイン語か英語で。」と言うと、英語を選ぶ人が多い。イタリアでは、11歳から18歳まで、週2−3時間の英語の授業があるそうで、国民の英語力は日本と同じようなものなのかな?って感じです。
でも、単語や文法が似ているので、スペイン語が不自由な私でもイタリア語で何を言っているのか大体わかったりします。単語とか、何が話題になっているかとか。でも、話がどの方向に進んでいて、結論が何なのか、さっぱりわかりませんけど。
私がイタリア語の振りをしてスペイン語話しても、通じることがあります。ほんと似ているのです。
Davide は、「まさこはスペイン語を話すのだから、すぐにイタリア語が話せるようになるよ。」と言うのですが、スペイン語自体でたらめなので、ちょっとどうでしょう?
今でさえ英語とスペイン語、思いついたほうが口から出てしまうくらいなので、これにイタリア語が加わったら、とんでもないことになってしまう。
昨日踊りに行ったらイタリア人になんぱされたのですが、その人は英語もスペイン語もだめ。言葉判らないからだめだって言ってるのに、かなりしつこかったです。会話が成り立たないのに。。
踊りに行く先はラテン音楽を扱っているところなので、スペイン語が通じる確率が高いです。飲み物を注文するのも、「氷入れないで。」っていうのが通じて嬉しい。それくらいイタリア語で覚えろってことなんですが。
また何か面白いことがあったら、ご報告します。



